最高裁判所大法廷 昭和29年(あ)566号 判決 1962年12月12日
判 決
荷造職
三原重定
(ほか五名)
右の者らに対する関税法違反被告事件について、昭和二八年一二月二二日広島高等裁判所岡山支部の言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決中被告人らに関する部分を破棄する。
被告人三原重定を懲役六月および罰金二万円に、同岸本暁を懲役四月および罰金二万円に、同実兼气を懲役六月および罰金二万円に各処する。
右被告人らが右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
但し本裁判確定の日から三年間右各懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、第一審において証人林泰逸、同森操、同斎藤次郎(二回分とも)に支給した分は、被告人三原重定、同岸本暁、同実兼气をして原審相被告人藤井利徳、同川崎克己、同小笠原和己、同藤井輝美と連帯して負担させ証人宮崎捨勇に支給した分の六分の一は被告人岸本暁の負担とし、第一審において国選弁護人徳田実に支給した分、原審において同田渕洋海に支給した分および当審において同安東義良に支給した分の各二分の一は、被告人三原重定の負担とする。
被告人三原重定、同岸本暁が税関の免許を受けないで黒砂糖を密輸入したとの事実(原判示第二の事実)については、右被告人両名を免訴する。
被告人中山作太郎、同丸山幾太、同石井嘉太郎を免訴する。
理由
被告人三原重定の上告趣意は、事実誤認の主張であり、同被告人の弁護人安東義良の上告趣意第一点ないし第三点(但し、原判示第二に関する部分を除く。)は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
被告人岸本暁の弁護人岡照太の上告趣意(但し、原判示第二の事実に関する部分を除く。)は、単なる法令違反の主張であつて、同四〇五条の上告理由に当らない。
被告人実兼气の弁護人山村利宰平の上告趣意第一点は、単なる訴訟法違反、事実誤認および事実誤認を前提とする法今違反の主張であり、同第二、第三点は、単なる法令違反の主張(なお原判決は、同被告人に対し長栄丸の没収の言渡をしていない。)であつて、いずれも同四〇五条の上告理由に当らない。
しかし職権により原判示第二(被告人三原、同岸本関係)、第三(被告人中山、同丸山関係)、第五(被告人石井関係)、第六(被告人石井関係)の事実について案ずるに、同判示徳之島は、北緯二九度以南同二七度以北の南西諸島に属し、本件犯行当時においては、旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法をいう。以下同じ。)の適用につき外国とみなされていたのであるが、昭和二八年一二月二四日政令四〇七号「奄美群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置等に関する政令」附則八項により、同月二五日以降は外国とみなされなくなつたので、同日以降は税関の免許を受けないで徳之島から貨物を輸入しまたは同島から輸入した貨物を故買または牙保する行為は、何ら犯罪を構成せず、右行為の可罰性は失われたのであつて、前記各事実については、犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当るものと解すべきことは、当裁判所の判例(昭和二五年(あ)第二七七八号、同三二年一〇月九日大法廷判決、刑集一一巻一〇号二四九七頁)に照らして明らかである。よつて、被告人三原重定の弁護人安藤義良、被告人岸本暁の弁護人岡本照太の各上告趣意中原判示第二の事実に関する部分、被告人中山作太郎、同石井嘉太郎の弁護人岡照太の各上告趣意については、これに対する判断を示すまでもなく、原判決は右の点においてこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
次に原判決は、本件押収にかかる天力丸を、原判示第一の密輸出の犯罪行為の用に供した船舶であるとして、旧関税法八三条一項二項により被告人三原、同岸本、同実兼から没収し、また同第一の密輸出にかかる貨物は没収できないとして、同条三項によりその原価、金一〇八、〇四五円を右被告人三名から追徴しているのであるが、同条一項により被告人以外の第三者の所有物を没収することは、同法その他の法令において所有者たる第三者に対しその所有物件の没収につき、告知、弁解、防禦の機会を与えるべき旨の規定を設けていないから、憲法三一条および二九条に違反し許されないものと解すべきことは、当裁判所の判例(昭和三〇年(あ)第九九五号、同三七年一一月二八日大法廷判決)とするところであり、従つてまた旧関税法八三条三項の追徴の規定も、右の如き理由により没収そのものが憲法上許されない場合には、その適用の余地がないものと解するを相当とする。しかるに記録によれば、押収に係る天力丸および原判示第一の密輸出貨物は、いずれも右被告人三名以外の第三者の所有に属することが明らかであるから、右天力丸の没収の言渡は、憲法の右各条に違反するものであり、また右密輸出貨物も同様の理由により本来その没収自体が憲法上許されないものであるから、旧関税法八三条三項によりその没収に代わる追徴もまた許されないものというべく、それ故原判決中被告人三原、同岸本、同実兼に関する部分は、この点においてもこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一一条一号および五号により原判決中被告人らに関する部分を破棄し、同四一三条但書により被告事件につき更に判決する。
本件公訴事実中、被告人三原重定、同岸本暁らが前記徳之島から黒砂糖を各密輸入したとの各事実(原判示第二の事実)、被告人中山作太郎、同丸山幾太が右密輸入を幇助したとの事実(同第三の事実)、被告人石井嘉太郎が右密輸入にかかる黒砂糖を故買または牙保したとの事実(同第五、第六の事実)については、犯罪後の法令により刑の廃止があつたものであるから、刑訴四一四条、四〇四条、三三七条二号を適用して右各被告人を免訴し、原審の確定した被告人三原重定、同岸本暁、同実兼气が他の者と共謀して雑貨類を密輸出した所為(同第一の事実)については、関税法附則一三項により旧関税法七六条を適用すべきところ、同条は犯罪後の法令により刑の変更があつたので、刑法六条、一〇条により軽い行為時法たる昭和二五年法律第一一七号による改正前の七六条一項、刑法六〇条を適用し、右改正前の旧関税法七六条二項により懲役刑と罰金刑を併科すべく、その所定刑期および罰金額の範囲内において右被告人三名をそれぞれ主文第二項掲記の刑に処し、右被告人らが各自の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置すべく、なお同法二五条を適用して本裁判確定の日から三年間懲役刑の執行を猶予することとし、訴訟費用につき、刑訴一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官奥野健一の追徴の点に関する補足意見、同藤田八郎の追徴および没収の点に関する意見、同入江俊郎の免訴および没収の点に関する意見、同山田作之助の没収および追徴の点に関する意見、同池田克の免訴の点に関する少数意見、同下飯坂潤夫の没収および追徴の点に関する反対意見、同高木常七の没収および追徴の点に関する少数意見、同石坂修一の免訴、没収および追徴の点に関する反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
被告人以外の第三者の所有物を没収する場合に、その第三者に対し告知、弁解、防禦の機会を与えるべき旨の規定を設けていないから、没収は違憲であり、従つてその没収に代わる追徴も許されないとする多数意見に賛成である。なお、多数意見の触れていない点ではあるが、
私は次のことを附加したい。
私は、所有者である第三者に対し告知、弁解、防禦の機会を与える法則が整備されていると否とに拘らず、没収の対象である物件の所有者でない被告人に対し、没収に代わる追徴を科することは許されないものと考える。
すなわち、所有者でない被告人に対する没収は、その被告人については、せいぜい、その物件に対する占有権の剥奪に過ぎず、物件は第三者の所有であるから被告人に対しては殆ど財産的苦痛を与えるものでないのに、没収不能の故を以つてその物件の原価に相当する追徴を科することになれば、没収不能という偶然の事情のために、突如として、その物件の価額相当の財産的負担を命ずる結果となり、没収可能なときに比し、著しい不利益を与えることになる。
元来追徴は、没収ができない場合に、これに代わる換刑処分であるから、没収の対象である物件の所有者でない者に、その原価の追徴を命ずるということは、追徴という制度の本質の限界を超える不合理な結果を生ぜしめることになる。かかる不合理は到底法の許容するところであるとは解し得ないから、旧関税法八三条三項の「犯人ヨリ追徴ス」との犯人の意義は、没収の対象である物件の所有者でない犯人はこれに包含されないものと解すべきものと考える。
また関税法上の追徴は、密輸等関税法の犯罪の取締を厳に励行し、その犯罪の禁圧を期するため主刑に更に附加された懲罰的性質を有するものであるから、没収の対象である物件の所有者でない犯人に対しても、追徴を科する趣旨であると論ずる者もあるが、それなれば、何故に没収可能の場合に所有者でない被告人に対し、何らかかる懲罰的制裁を科さないでおいて、没収不能になつたときに限り、物件の原価を追徴するという懲罰的制裁を科するのか理解し難いところであるから、かかる説は採るを得ない。
然らば本件において犯罪に係る貨物の所有者でない犯人に対し追徴を命じた原判決は前記法条の解釈を誤つたものであつて、この点からも破棄を免れない。
裁判官藤田八郎の意見は次のとおりである。
自分は、被告人実兼气に対する原判決破棄の理由は多数意見と異り次の理由によるべきものと思料する。
すなわち、原判決は、原判示第一の事実の密輸出にかかる釘その他の貨物は没収することができないから、関税法八三条三項によつて被告人実兼气からその原価金十万八千四十五円を追徴するとしたのであるが、貨物の没収自体が違憲であると否とにかかわらず貨物の所有者でない同被告人からその原価を追徴することは違法である。(この点に関する奥野裁判官の補足意見参照)
また、多数意見が、原判決が本件押収にかかる天力丸を被告人三原重定から没収した点を違法とした見解には賛成しない。
旧関税法八三条一項、二項により第三者所有の物件を没収するのは、第三者の所有権を没収して国庫に帰属せしめる意味を有するものでなく、将来再び犯罪の用に供せられること等を防止するため保安処分的に物件の占有を奪うものに過ぎないと解すべきであるから、この場合にも第三者の所有権剥奪の効力あることを前提とする多数意見には同調することができないからである。
裁判官入江俊郎の意見は次のとおりである。
一 わたくしは、本件における原判示第二、第三、第五、第六の事実については、犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当ると解すべきでないと考えるのであつて、右所見およびその理由は、昭和二五年(あ)第二七七八号、同三二年一〇月九日大法廷判決(刑集一一巻一〇号二四九七頁)におけるわたくしの反対意見を援用する。
二 次に、(一)旧関税法八三条一項の規定による没収の法意、(二)被告人以外の第三者が所有者である場合その所有物につき被告人に対してなされた没収の言渡の効果、(三)第三者没収の言渡を受けた被告人がその没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうべきことおよび(四)右第三者を、被告人に対する場合に準じて、訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えることが憲法三一条、二九条の要請であつて、単に右第三者を証人として尋問し、その機会にこれに告知、弁解、防禦をなさしめる程度では、未だ憲法三一条にいう適正な法律手続によるものとはいい得ないと解するのを相当とすべく、この見解については、さきに昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇月一九日大法廷判決(刑集一四巻一二号一五七四頁)におけるわたくしの反対意見でこの点につき示したわたくしのこれと異つた意見を、今回改めるに至つたものであることの四点については、わたくしは、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決に附したわたくしの補足意見の趣旨を援用する。
三 なお、この場合、旧関税法の前記法条所定の船舶、貨物等が犯人以外の第三者の所有に属し、犯人は単にこれを占有しているに過ぎない場合には、右所有者たる第三者において、貨物について同条所定の犯罪行為が行なわれること、または船舶が同条所定の犯罪行為の用に供せられることを予め知つており、その犯罪が行なわれた時から引続き右貨物または船舶を所有していた場合に限り、右貨物または船舶につき没収のなされるものであると解すべきものであることについては、昭和二六年(あ)第一八九七号、同三二年一一月二七日大法廷判決(刑集一一巻一二号三一三二頁)における多数意見を援用する。そして、右第三者が右のように悪意であつて実体法上没収をするものとされている場合において、その所有物件の没収の言渡をするには、その者を被告人に対する場合に準じて訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えることが、憲法二九条、三一条の要請となるのである。
没収および追徴の点に関する裁判官山田作之助の意見は、次のとおりである。
第三者所有物の没収についてのわたくしの意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの少数意見と同趣旨であるからこれを引用する。
次に、旧関税法八三条所定の没収ならびに追徴の規定について、わたくしは、犯人たる被告人が同条所定のいわゆる犯罪貨物につきかつて一度も所有権を有せず(すなわち第三者所有物件)、たんにその占有者であることにより同人に対し言渡されたる没収の効果は、その貨物についての被告人の占有権を剥奪するにすぎないと解するのであるから(前記大法廷判決におけるわたくしの少数意見参照。)、いまその貨物の占有者たりしに過ぎざる被告人に対して、同人がその占有を失つているため同人に没収の言渡をすることが出来ないとして、右没収に代えて同人よりその貨物の価格に相当する金員(換言すればそのものの所有権の価格)につき追徴を命ずるのは、(占有権の価格の追徴を命ずるのならば格別)、全く筋が通らないわけで違法といわなくてはならない。然らば原判決が単に本件犯罪貨物の占有者にすぎざる被告人三原重定、同岸本暁、同実兼气にその価格全額の追徴を命じているのは違法であり、破棄を免がれない。
裁判官池田克の少数意見は、次のとおりである。
原判事第二、第三、第五、第六の事実については、犯罪後の法令により刑が廃止されたときに当ると解すべきでないと考える。その理由は、昭和二五年(あ)第二七七八号、同三二年一〇月九日大法廷判決(刑集一一巻一〇号二四九七頁)における反対意見と同趣旨であるから、これを引用する。
没収および追徴の点に関する裁判官下飯坂潤夫の反対意見は、次のとおりである。
本件各上告趣旨は種々論述するが、ひつきようするに、事実誤認、単なる法令違反の主張を出でないものであつて、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。したがつて、本件上告趣旨は右に関する限り排斥を免れない筋合であるが、本判決はその判文の示すとおり、没収および追徴の点につき職権調査の上判示判決を楯とする見解に基づき、あえて違憲判断に出で原判決を破棄の上判示の如き判断をしているのである。しかし、その判断の筋違いのものであることは、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決において示したわたくしの反対意見によつて明らかであろうと信ずるから、ここではこれを引用し論議を差控えるが、要するに、所見によれば、本判決は無用無益な判断をしているものと考えるのである。なお、右意見は本事案に見るような第三者の所有物件が没収不能になつたことを理由とする追徴の場合に関しては言及していないが、その場合についても、右意見において述べたと同じ筋道により、憲法違反云々を論議して、上告理由とすることは許されないものと解すべきであることは、詳述するまでもないことと考えるので、ここではこれを省略する。
裁判官高木常七の少数意見は、次のとおりである。
旧関税法八三条一項は、関税取締の必要性に鑑み設けられた規定であつて、同条所定の犯罪に密接な関連をもつ物件につき、それがひとり犯人に属する場合だけでなく、犯人以外の第三者に属する場合にも一応これを没収しうることを定めたものであるから、規定自体として憲法に違反するものではない。(しかし右規定に基づく第三者所有物の没収は、その所有者がその犯罪で無関係である旨の証明がない限り、一応これを取り上げてしまうという一種の行政処分であるから、所有者たる第三者は、その没収に対し、自己の善意を主張してその物の返還を要求することができ、また当該訴訟に関与させず、自己の権利を護るための機会を与えられなかつたことを理由として没収の執行を拒みまたは還付の請求ができ、その他の救済をも受ける権利あるものというべきである。)その理由の詳細については、昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇月一九日大法廷判決(刑集一四巻一二号一五七四頁)におけるわたくしの補足意見を引用する。従つてまた第三者所有物の没収が違憲であるとの前提に立つて、これに代る追徴を違法とする多数意見にも賛同しえない。
裁判官石坂修一の反対意見は、次の通りである。
原判示徳之島が関税法の適用に関し外国とみなされて居つた時において、同地域から税関の免許を受けないで貨物を密輸入した罪について、その後右地域が外国とみなされなくなつても、犯罪後の法令により刑の廃止があつたものとはいえないことは、昭和二五年(あ)第二七七八号、同三二年一〇月九日言渡大法廷判決(刑集一一巻一〇号二四九七頁)に示された裁判官田中耕太郎、同島保、同斎藤悠輔、同入江俊郎、同池田克及び同高橋潔の反対意見の通りであるから、これを引用する。されば本件において、多数意見が、原判示第二、第三、第五及び第六の事実について犯罪後の法令による刑の廃止の場合に当るとするのは、失当である。
また、多数意見が原審が押収に係る天力丸をその所有者でない被告人等から没収し或は犯罪に係る物であつて被告人等の所有でなくしかも没収し得ない貨物についてその価額を追徴する旨言渡したことを違法、違憲とするけれども、没収についての多数意見の失当であることは、昭和二六年(あ)第一八九七号、同三二年一一月二七日言渡大法廷判決(刑集一一巻一二号三一三二頁)に示された裁判官斎藤悠輔の反対意見により諒解すべきである。更に追徴については、不法なる占有を没収し得ない場合に、その価額を追徴し得ることは当然である。殊に、没収の効果が第三者に及ぶことを以つて被告人が不服の理由とすることは、訴訟法上許されないものと思料する。
要するに多数意見に賛同し得ない。
裁判官斎藤悠輔は退官ににつき本件評議に関与しない。
検察官村上朝一、同羽中田金一公判出席
昭和三七年一二月一二日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 横 田 喜三郎
裁判官 河 村 又 介
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 池 田 克
裁判官 垂 水 克 己
裁判官 河 村 大 助
裁判官 下飯坂 潤 夫
裁判官 奥 野 健 一
裁判官 高 木 常 七
裁判官 石 坂 修 一
裁判官 山 田 作之助
裁判官 五鬼上 堅 磐
裁判官 横 田 正 俊
裁判官藤田八郎は退官につき署名押印することができない。
裁判長裁判官 横 田 喜三郎
被告人の上告趣意被告人 三原重定
右被告人に対し関税法違反被告事件として御庁より上告趣意書の提出命令を受けましたので昭和二十九年(あ)第五六六号に対し左記の送り陳述致します。
被告人は本籍鹿児島県大島郡亀津町井ノ川三百六十五番地であります。
然るに終戦后奄美大島として米軍に行政管理を受けて居ました。
然る処被告人は終戦以前から神戸市内に居住して居りまして右奄美大島とは交易出来なくなり同地に姉及叔母が居住して居て其安否が気遣れましたので普通の体では渡航出来ないので昭和二十四年四月頃どうしても一度遇いたい念願から船員となり天力丸にて右奄美大島へ渡航して姉や叔母の消息を聞いて安堵して同二十五年四月に内地へ帰つて来ました。
然し被告人としては其際何一つ品物は勿論の事金円も全然持つて帰つて居ないのに本件関税法違反は不当と思ひまして上告に及びました次第であります。
因に同船により他の船員は金品を持ち帰つた事は聞いて居ります。
右上告趣意書を提出致します。 以上
被告人 三 原 重 定
弁護人安東義良の上告趣意
右者昭和二十九年(あ)第五六六号関税法違反事件に関し、昭和二十八年十二月廿二日広島高等裁判所岡山支部の下した判決に対し破棄の判決を求める。
第一点 控訴審に於て被告人両名を共同正犯と認めたのは理由不備であり擬律の錯誤がある。
判決は、海上における密輸出入の事実上の成否が密輸物資の調達そのものより、むしろその輸送に必要な船舶及び乗組員を入手確保し、船舶を運用するものの力量如何にかかるのであるから、たとへ密輸物資の所有者又は占有者でなくともその密輸出入によつて直接間接に利害を得る目的を以てこれ等の者と意思を通じ密輸行為を分担協力した者もその密輸出入の共同正犯と認定することを正当とする趣旨の理由を述べてゐるのであるが之は正当とはいへない。
被告人両名は主謀者東清次の親戚であり、たとへ本件密輸出入の情を打明けられ、その利益の分配に預らんが為め同人等と意思を相通じたとしても主観的に意思が全く共通してゐたものとは認め難い。又両名は東清次に依嘱せられ、其の指図の下に三原は臨時機関士に、森は外航に於ける水先案内人被告人の所謂臨時船長として雇はれ本件密輸船天力丸に乗組んだ船員に過ぎない。其の分担した行為が密輸実行に当り必須な要素であつたにしても両名は密輸物資の調達は勿論船舶の入手に直接責任あつたものではない。又密輸物資の所有者でも無ければ占有者でもない。従つて又その処分につき何等の権能を持つてゐたものでもない。船舶の運行に際しては船長川崎克己及荷主の指揮下にあつた。此等の諸点に就ては大蔵事務官の作成にかかる第一回、第二回、第三回の供述調書及司法警察員の作成にかかる両被告の供述調書に依つて認めることができる。
被告人両名の行為は一応共同正犯の要素を備えてゐる様にみられるのであるが真実は主謀者たる東清次及荷主を幇助した援助行為たるに過ぎないのであるから、両名は従犯を以て論ぜられるのが至当である。
第二点控訴審に於て被告人両名が直接参加しない密輸入行為に共同正犯者としての責を負はせてゐるのは理由不備であり違法である。
被告人両名は原審判示第三、本判決判示第二の(2)の事実に就ては荷主が神戸で黒砂糖を売捌いてしまつて逃亡し、被告人両名には一文の分前乃至給料の支払をしてくれぬので神戸で下船して居り、其後の天力丸又は長栄丸の行動には何等関与してゐない。判決に依れば被告人両名が東、中島等と共謀して徳之島より密輸入の為の輸送して来た黒砂糖の一部が他の共犯者等の手により日本領土に陸揚密輸入せられるであらうことはそれまでの経緯に徴し必至と認められるにかかわらず、これを自然の推移にまかせ、被告人等に於てその実行を防止しなかつたのは勿論、防止に努力した形跡が認められないとして、(2)に就ても共同正犯者としての責を負はせてゐるのであるが、被告人両名は共に船員として密輸出入の幇助をしたに過ぎないから、積荷の処分に就て指図したり其の処分行為に積極的に関与する立場にはなかつた。
従つて右判決の理由に依て犯示第二の(2)に就て両名を共同正犯者を以て論ずるのは不当である。
第三点 控訴審に於て被告人両名に対し追徴を言渡したのは法令違反である。
被告人両名は輸出入物件の所有者でなく、占有者でなく臨時の船員たるに過ぎず、船長、荷主が同乗してゐる以上、たとへ被告人等に於て前記物件を事実上手掛けたとしても之を以て直ちに関税法第八十三条の占有があつたといふことは出来ない。(司法警察官の作成した被告人両名の各供述調書参照)又仮に被告人等が占有者であるとしても所有者であり前記物件の処分者である荷主等が他に存在する以上は、此の者に対してのみ追徴を言渡すのが妥当と思はれる。けだし追徴は犯人に対して不当の利得を止めざらしめる点に其の目的が存するものであるから、両名の如く前記物件の処分には全然無関係であり、又何等の利得も得てゐない被告人等に対して追徴を言渡すことは違法といはねばならない。 以上
被告人 岸 本 暁
弁護人岡照太の上告趣意
第一点 原審は其認定した事実第一に於て
被告人藤井利徳、同実兼气、同岸本暁、同三原重定、同森喜志豊、同川崎克己、同小笠原利己、同藤井輝美は東清次等と共謀の上、当時国外地域とせられていた奄美大島方面に、無免許で雑貨類を輸出しようと企て、昭和廿四年十月十七日頃、神戸港苅藻島において、釘十六〆入五十樽(原価金六万八千二百五十円)消火器十本(原価金一万九十五円)福神漬十箱(原価金二千九百五十三円十二銭五厘)梅干漬一斗樽入十個(原価金五百九十円六十二銭五厘)昆布三梱包三十貫(原価金三千百五十円)下駄五十足入七梱包(原価金一万三千七百八十一円二十五銭)ガンド鋸四枚(原価金三百十五円)草刈鎌三梱包(数量不詳のため原価不明)薬品十個(薬名数量不詳のため原価不明)を税関の免許を受けないで天力丸に積載し、同港を出発して密輸出し、国外地域たる沖繩島蓮天港に陸揚し
同第二ノ(2)に於て
被告人三原重定、同森喜志豊、同川崎克己、同小笠原利己、同藤井利徳、同藤井輝美、同岸本暁は中島某と共謀の上、同月二十日頃密輸入のため、岡山県朝日村犬島沖まで輸送して来た前記黒砂糖の残部四千五百二十七斤(原価金六万六千八百三十二円十銭、昭和二十五年領第八七三号の一〇、一一、換価金二万五千七百十一円八十銭はその一部)を相被告人中山作太郎の斡旋により雇い入れた長栄丸に積み替え、同船の船長たる相被告人丸山幾太の協力を得て、これを岡山市京橋附近の旭川西岸まで輸送し、同日頃税関の免許を受けないで、同所に陸揚して密輸入し、(原判示第三の事実の一部)
と認定し之れに対し徴役刑罰金刑の外天力丸長栄丸の没収及十万八千四十五円及一万四千七百六十三円を追徴するとの判決に処せられた。
而して犯罪加工の態様として
原判決の掲げる証拠によれば、被告人実兼、岸本の両名は昭和二十四年十月初頃、岡山機帆船株式会社西大寺営業所事務室その他において、相被告人藤井利徳より、東清次が国外地域である大島方面に物資を密輸出することを計画し、船舶の斡旋を依頼して来ていることを聞き、右藤井と共に、密輸船の斡旋をして傭船料の差額を利得分配しようと企て、三名協議の末、当時岸本に運送貨物の斡旋を依頼して来て居つた天力丸の管理人三枝熊四より、同船を金八万円で傭船し、さらにこれを同被告人等の計算において、前記東清次に金十六万円(その後二十万円に値上)で貸付けて提供し、同船を神戸港に廻航させ、同船が同港において、物資の積載を終り再び、岡山県邑久郡幸島村外波に寄港してからも、或は同船の船用物資として食糧、調味料等を供給し、或は出航をちゆちよする機関士小笠原を激励説得する等、本件主謀者と認められる、東清次、藤井利徳と意思を通じ、密輸出を決行したものであつて、たとい密輸物資その物について、所有権その他直接の利害関係を持つていなかつたとしても、密輸船を提供することによつて多額の利益を企図しかつ密輸出の実行について重要な役割を果しているのであるから、これを本件密輸の共同正犯と認定した原判決は、もとより正当である。
つぎに被告人岸本が原判示第三記載の通り、原判示黒糖四千五百二十七斤を、相被告人藤井、川崎、小笠原及荷主中島某等と相通じ、密輸入のため瀬取船長栄丸に積み替え、邑久郡朝日村大字犬島より岡山市京橋附近の旭川西岸まで輸送陸揚したことは、原判決挙示の証拠によつて明かであるから原判決が被告人岸本を原判示第三の密輸入の共同正犯者と認定したてともまた正当であつて、記録を精査検討して見ても被告人実兼、岸本に関する事実の認定に論旨のような誤認はない。
に認めて居る。
当時の関税法第八三条によれば犯罪に係る貨物は所有者又は占有に係るものは之れを没収すべき物の全部又は一部を没収すること能はさる物は原価に相当する金額を犯人より追徴す。
と規定せられて居る。
右規定より見れば没収は所有者又は占有に係るものなることを要し、且つ追徴は没収不能の場合の処分なることは論を俟たざる処である被告人岸本は前記の犯罪内容の如く輸出関係に於て藤井利徳より依頼され天力丸の傭船を斡旋したに過ぎず又輸入関係に於て本船天力丸より貨物の陸上げのため、瀬取船長栄丸を斡旋したもので貨物を所有したこともなく占有したこともないのである。
然るに原審判決は没収は単に所有者又は占有者たる犯人に対し没収するものでなく其所有者又は占有者たる犯人と共犯の関係に立つ以上、其共犯の形態如何を問はず又其者が其貨物の又は船舶に付き所有権又は占有権を有すると否とを問はず共犯者全員に対し等しく没収すへきものであると判じ被告人に対し追徴を命じて居る。
右は関税法第八三条の明文に反した解釈であり仮に然らずとするも拡張解釈であり刑罰法の適用に当りては斯る拡張解釈は許されざる処である。
実際問題から見ても物の所有者でもなく、又占有者でもない者から物を没収することは不能なことであつて法は斯る不能なことを命ずるものではない。
然るに原審が被告人から所有又占有せさる物の没収を又追徴を命じたるは全く法令の解釈を誤りたる違法があるのみならず著しく正義に反すべきものと云ねはばならぬ。
右上告趣意書を提出致します。 以上
被告人 実 兼 气
弁護人山村利宰平の上告趣意
右のものに対する関税法違反被告上告事件につき、上告の趣意左の通り陳べる。
第一点 原判決には証拠の判断を謬つてなした誤判の違法がある。
第一事実の判示によれば、被告人が藤井利徳や岸本暁、三原重定、森喜志豊、小笠原和己、藤井輝実、東清次等と共同正犯を犯したものとなしたのは、尠くとも証拠の判断を謬る誤判である、仮りに藤井利徳の請託によつてなした天力丸の周旋行為が違法であるとするも、それは幇助の域を超えないものでこれを利徳等の共同正犯とみるのは謬りである。
一、天力丸の周旋過程につき被告人は利徳の請託によるものであるとして、かく語つて居る。
「昨年十月初頃藤井が私宅に来て鹿児島県種ケ島の西表に行くのだから足のはいつた、五、六十噸程度のWエンジンの舶があれば世話して貰えないかと頼んで来ましたので、その翌日機帆船西大寺営業所に私が行き、岸本さんに右の型の船は無いだろうかと尋ねたところ、まあ気を付けて置うと云うことでした」、「一、二日して電話で森の天力丸を借りるようにしたから来て呉れとの事であつたので機帆船西大寺営業所に行き岸本に会いました」「岸本さんは地図や海図を出して、種ケ島の西表は此処だと私に示して呉れ、一方電話で天力丸船主側の三枝と種ケ島行の承諾を得て居りました」「岸本からは藤井が借りる事になり、私が藤井の保証人となる事にして、契約書の作成は岸本に一任して帰りました」(宇野税関吏作成の昭和廿五年七月二十八日付被告人の質問調書)と供述して居る。その周旋過程に於て被告人には密輸についての認識は何に一つないのである。従つて船の傭船契約書は岸本の意図で作成され、被告人は単に捺印したまでである。(宇野税関吏作成の昭和廿五年七月廿九日付被告人の第三回質問調書)
また、傭船料についても、種ケ島西表港までの往復で期間も一ケ月と限定して僅かに八万円と定めて契約し(前示廿五年七月二十九日付被告人の質問調書)その以上を予提し或は予測したとみるべき事情も証左も何に一つない。従つて本件の傭船契約が種ケ島の西表港とするも実は緯度三十度線を超ゆる契約の仮託とみるべき事情と証左は全然ないのである。
◇
天力丸の傭船過程につき公判廷に於て藤井利徳は「問、船は何処へ行く約束で借りたか、答、種ケ島へ行く約束で借りました。問、君達は種ケ島へ行くと思つて居つたのか、答、会社で地図を見て種ケ島までと謂ふことで傭船契約をしたのですから、種ケ島以南へ行かないと云ふことでかしたので種ケ島以南の料金はもらう様になつて居りません」と供述し(一審第四回公判調書藤井利徳の供述)一審第五回公判証人三枝熊四は「問、鹿児島に行くと云つたのか、答、そうです。その後に種ケ島迄行くと云いました」と証言し、一審第六回公判証人森操は、「問、その船は何処迄行く約束で貸したのか、答、鹿児島迄行く約束でした」と証言し、また、被告人実兼も一審第三回公判廷に於て「何故に天力丸を借りたか、答、藤井が種ケ島の方へ行くのに、自分は機帆船の方に顔見知りの者が居らないので、私にたのんでほしいと云ふ事でありましたので、岸本に話をしてやりました、……問、その時何う思つたか、答、藤井か先方の人と話し合をしたので私はそれについての内容は知りません、……問、藤井から種ケ島の西表まで行く話であつたが、それより南へ行く事を知つて居つたのか、どうしてそんなことをしたのか、答、初めは私は種ケ島へ行くと云う傭船契約書に拇印しましたので、それ以南へ行く事はありません、行つてもチャーター料はもらえません」と供述し、重ねて一審第五回公判廷に於ても同趣旨の供述をして居る如く被告人としては傭船が緯度三十度線を超ゆることについては予想だにしていなかつたのである。
二、判示に謂ふ、被告人は藤井利徳等と共謀奄美大島方面に日本雑貨類の密輸出を企て、昭和廿四年十月十七日神戸港外で、釘、消火器、漬物、福神漬、梅干、昆布、下駄、草刈鎌、ガンド鋸、薬品等を天力丸に積載し出帆しこれを沖繩島の運天港に掲げて密輸出したと謂ふのであるが、まさに奇想天外の判示である。
元来密輸は出にしても、また、入にしても自己の計算に於てするものが正犯であつて仮令その密輸行為に加担するものがあつても密輸の計算に与みせざるものを正犯を以て律するを得ない、本件密輸出物資は東清次等の計算に於てなされたもので、被告人には聊かも関係がなく、従つて、記録上にこれを容認するに足る証拠は何に一つない。然るに原審が漫然被告人を密輸出の共同正犯となしたのは独断と謂わざるを得ない。
これを判示第三事実に比較するに、第三事実は中山作太郎及び丸山幾太等が、岸本暁から天力丸が密輸した黒砂糖の陸上の請託を受けて、長栄丸を斡旋提供して、積替輸送した行為を幇助として律して居る。これとそれとを比較対象するとき、そこに論理の矛盾と撞着を発見するのである。これを以つても誤判の証左とするに足ると信ずるのである。
◇
被告人は藤井利徳の請託に基いて、天力丸が幸島港(帝化岡山工場港)を出帆する際、白米四斗、大根五、六貫と醤油三升を売つてやつたことがある。然るに買つた方には代金の支払が出来ないので、藤井は東を催し、その代償として釘樽二丁と軽油、重油取り交ぜ三罐を提供した事実がある。(被告人の税関吏作成の昭和廿五年七月廿八日付第二回質問調書、藤井利徳の同しく税関吏作成の昭和廿五年七月廿五日付の第二回質問調書)
或し、被告人がこの密輸出に与みして居つたとすれば供給した米や大根代に密輸出物資の釘や油類を提供さす筈はない。謂ふまでもなくこれ等の物資は密輸出して儲け様と射利の意図から折角神戸港から幸島港まで運搬したものである、それを仲間である、被告人に提供するが如きことは吾等の常識では想像もつかないことであり、犯罪史上嘗て例のないことでもある。然らば何が故にこの異例が生したかと謂えばそれは被告人が東等の密輸に与みしていないためである。
三、被告人が船の斡旋をするに至つた動機につき彼れは検事に対し『私は傭船料のピンで少し儲けようと思つて、ついこの様な事をしたので申訳ありません』と供述、(松田検事作成の昭和廿五年八月三日付被告人の供述調書)して居る。さてこの供述は簡単ではあるが、当時の被告人の意図と行為の範囲を識る資料としては尤も緊切かつ肯肇するものであると信ずる。
四、本件記録に捜査の過程に於て領置されて(被告人が提出したもの)綴輯されて居る、東清次より被告人に宛てた書翰がある。(記録一、一三二丁乃至一、一三五丁)検事の原審控訴趣意書によればこの書翰を以て従来『藤井と実兼や東等は相当緊密な関係」にあつて、彼れ等は「金にさへなればよい』と謂ふ考え方から敢行された犯罪で治安上軽視出来ないと謂ふ論旨である。これまさしく「共謀」と「犯情の重き」証左であると謂ふのであらう。由来言葉には二義性を包蔵して居るもので「泥坊をすな」「博打をうつな」と云つても、その言方と状況とによつては「盗め」「打て」と韻く場合がある。されどこの問題の書翰は幾度含味する言葉の二義性は勿論のことこれによつて共謀乃至悪性の意義を発見するを得ない。吾等は爰にこの書翰を被告人の利益に援用し共同謀議のなかりし証左としたい。
五、東や藤井一味の本件密輸出は、密輸出そのものが目的でなく、砂糖の密輸入が目的であつて、雑貨の密輸出はその砂糖の密輸入の手段(資金稼き)であることが記録上明かである、擬律の点は兎も角もこれ等輸出入は一聯の行為とみなくてはならぬ、然るに検事は密輸出については共犯と謂いながら、輸入についてはこれを不問にふして居るのである。誠に論理の一貫せない処置である。
原審また論理の一貫せない検事の一翼の起訴を鵜呑みにしてこれを共犯と断じたるは誤りの甚だしいものである。
如上論旨の如く、判示は証拠によらないで或は証拠の判断を誤り以てなしたる誤判である。仮りに百歩を譲り傭船契約の斡旋所為が藤井や東等の密輸行為の幇助だとするもそれは所謂幇助にして等しく共犯倒によるものとするも、それは刑法六十二条に擬律すべきであつて共同正犯となすべきではない。
第二点 原判決は被告人から追徴すべからざるものを追徴したる違法がある。(理由不備)
関税法第八十三条の規定により追徴し得べきものは貨物乃至密輸の用に供したる船舶が犯人の所有または占有を離れ没収することが出来ない場合に、嘗て貨物なり船舶を所有乃至占有しいた犯人から追徴し得るのであつて、貨物や船舶を所有乃至占有せない犯人から追徴することは容されないのである。
案ずるに、仮りに判示の如く被告人がその共犯の一人なりと仮定するか、その貨物や船舶が被告人の所有であり、または占有して居つたと謂ふ証拠は本件には何に一つない。寧ろ犯行貨物の一部が、被告人から供給した米や蔬菜や醤油の代償として藤井の処置から東より提供を受けて居る事跡(前論点の二項の論旨)に徴せば、犯行貨物が被告の所有乃至占有にあつたとみることは到底出来ないであらふ。原判決が貨物の帰属を判示せず、漫然被告人の所有乃至占有を独断して被告人及び利徳、暁、重定、喜志豊、克己、和己、輝美等から十万八千四十五円を追徴する裁判を為したのは違法である。
◇
貨物の所有乃至占有者が、貨物を処分したる今日から察れば疑問なきにあらざるも貨物の所有者乃至占有者が現に問題の貨物を所有乃至占有者からは没収し得るもその他から没収するを得ない。この場合誤つてもし所有者や占有者以外のものから没収する裁判を為しても、結局その裁判は執行不能に終る。今日進歩したる刑事訴訟制度下に於て、執行不能の裁判は予想だにすることを得ない。然りとすれば貨物の処分後に於ても論理は同様にして、所有者や占有者乃至はその計算に与みせざる被告人に対する没収裁判の誤りなることは火を睹るよりも瞭である。
◇
原判示によれば十万八千四十五円の追徴額の計算基礎が不定である。下駄の原価を一万三千七百八十一円二十五銭と認容するに証拠によらずして、認める外なしと謂ふ予断に基いて計算して居る、果して然りとすれば追徴額を十万八千四十五円とする原判示はこの点に於ても違法ありと謂わねばならない。
第三点原判決には没収すべからざるものをしたる違法がある。
原判決は関税法八十三条(一、三)を適用して被告人からも長栄丸を没収すると裁判した。しかし判示によれば天力丸は善意の第三者の取得に帰したと認められないと謂うのならば、末だ同船は所有者乃至占有者の所有乃至占有に変動なく、これ等のものが所有乃至占有して居るものなるが故に、没収はその所有者乃至占有者に対してのみ可能で、その他のものに対してなす没収の違法なることは前項論旨と同様である。
右陳べる。 以上
被告人 中 山 作太郎
弁護人岡照太の上告趣意
第一点原審判決は其認定した事実第三に於て。
被告人中山作太郎は予ねてより、右天力丸の船主等から同船が大島方面に向け出航したまま帰来しないことについて種々相談を受け、その職務上これが解決に苦心していた矢先、昭和廿五年四月二十日頃、被告人岸本等から、右天力丸が密輸入のため大島方面より黒砂糖を積んで来たこと及びその積荷を一刻も早く他船に積み替えて目的地に陸揚し天力丸を速かに、その船主に返還する必要のあることを打明けられ、積替船の斡旋を頼まれたので、同人等が密輸入の用に供するものであるという情を知りながら、予ねてから知合の相被告人の丸山幾太に対し、その所有船長栄丸を右用途に提供しその輸送に当られたき旨依頼し、また被告人丸山幾太は、中山より右のような依頼を受けたのでこれを承諾し、前記密輸入の情を知りながら、前記黒砂糖を自己の所有船長栄丸に積み替え、これを前記河岸まで輸送し、以つて相被告人岸本、藤井等のため、それぞれ前記第二の2の密輸入を幇助し……認定し
被告人に対し罰金五千円及追徴金壱万四千七百六十三円に処せられた。
当時の関税法第八三条によれば犯罪に係る貨物は所有者又は占有に係るものは之れを没収す。
没収すべき物の全部又は一部を没収すること能はざる物の原価は之れに相当する金額を犯人より追徴す。
と規定せられて居る。
右の規定より見れば没収は所有者又は占有に係るものなることを要し且つ追徴は没収不能の場合の処分なることは論を俟たざる処である。
被告人中山は前記事実認定の如く本船である天力丸より陸上地に廻航する瀬取船長栄丸を斜旋したるに過ぎずして本件貨物の所有者でもなく占有して居つたこともないのである。
然るに原審判決は没収は単に所有者又は占有者たる犯人に対し没収するものでなく、所有者又は占有者たる犯人と共犯の関係に立つ以上、其共犯の形態如何を問はず(従犯も含む)趣旨又其者が其貨物又は船舶につき所有権又は占有権を有すると否とを問はず共犯者全員に対し、等しく没収すへきものであると判し被告人に対し追徴を命じて居る。
右は関税法第八三条の明文に反した解釈であり仮りに然らずとする拡張解釈であり刑罰法の適用に当りては斯る拡張解釈は許されざる処である。
事実問題から考へても物の所有者でもなく又占有者でもない者から物を没収することは不能なことであつて、法律は斯様な不能なことは命ずるものではない。
然るに原審が本件被告人が外八名に対し各自金壱万四千七百六十三円の追徴を命せられたる全く法令の解釈に違法があり著しく社会正義に反するものと云はねばならぬ。 以上
被告人 石 井 嘉太郎
弁護人岡照太の上告趣意
第一点 原審判決は
(イ) 第五の事実、被告人石井嘉太郎は昭和二十五年四月廿四日頃自宅に於て被告人藤井利徳より前記黒砂糖の内三千五百二十七斤を、それが密輸入品であることを知りながら代金二十七万円で買受け以て密輸入品の故買をなし
(ロ) 第六の事実、被告人石井嘉太郎は被告人藤井利徳の依頼によりて、また徳田武志は前記依頼を受けた相被告人石井の依頼によつて両名共謀の上、昭和廿五年四月廿四日頃被告人徳田に於て保管中の前記黒砂糖の残品千斤を、それが密輸入品であることの情を知りながら住所氏名不詳者に代金十万円で売却し以て、藤井のため密輸入品の牙保をなし
たものであると認定した。
然しながら警察員に対する被告人の第一回供述調書一〇項中、黒砂糖は心配なものではないかと聞きますと
絶対に心配なものではないもんじや、統制もないし品物は鹿児島大島から取つて来たし、それに東京辺では何んぼでも一般の店に売つて居るのだと云つて居られました。
警察員に対する被告人の第二回供述調書三項中、気持ちが悪いのでどうであろうかと申したら
藤井が、それはそんなものでなく実際は鹿児島の大島で取れたもんだ正式に出したら砂糖の税金(消費税)がかゝらんで斯うして百姓が直接売るんだと申しました。
第一審第三回公判調書中
公訴事実
第四、被告人石井嘉太郎は
(イ) 昭和二十五年四月二十二日藤井利徳より依頼せられ密輸品であることの情を知りながら黒砂糖千斤を徳田武志を介し岡山市橋本町徳田方に於て氏名不詳者に十万円にて売却し以て密輸品の牙保を為し
(ロ) 同月廿四日肩書住居地なる自宅に於て藤井利徳より右同様情を知りながら黒砂糖三千五百二十七斤を金二十七万円にて買受け以て密輸品の故買をなし
されて居る。
此事実に付き公判廷に於ても密輸品であることは知らなかつたと述べて居る。
以上の点から考へれば原審判決は事実の認定に重大な誤認があるものと云はねばならぬ。 以上
被告人 丸 山 幾 太
弁護人軸原憲一の上告趣意
第一点
原判決は被告人丸山幾太に対する犯罪事実を、(原判示第三事実)
「被告人中山作太郎は予ねてより、右天力丸の船主等から同船が大島方面に向け出航したまま帰来しないことについて種々相談を受けその職務上これが解決に苦心していた矢先、昭和二十五年四月二十日頃相被告人岸本等から、右天力丸が密輸入のため大島方面より黒砂糖を積んで来たこと(岡山県邑久郡朝日村大島沖に)及びその積荷を一刻も早く他船に積み替えて目的地(岡山市京橋附近旭川西岸)に陸揚し、天力丸を速やかにその船主に返還する必要のあることを打明られ、積み替船の斡旋を頼まれたので、同人等が密輸入の用に供するものであるという情を知りながら、予てから知合の相被告人丸山幾太に対し、その所有船長株丸を右用途に提供しその輸送に当られたき旨依頼し、
被告人丸山幾太は中山より右のような依頼を受けたのでこれを承諾し前記密輸入の情を知りながら、前記黒砂糖を自己の所有船長栄丸に積み替え、これを前記河岸まで輸送し以て相被告人岸本、藤井等のため、それぞれ前記第二の五の密輸入を幇助し」
たものとして関税法違反の有罪判決をしているが、重大なる事実の誤認を為し法令の適用を誤つているもので、其の誤りは当然判決に影響を及ぼすものであり、且つ破棄せられなければ著しく正義に反するものである。
即ち、
一、被告人には密輸入に関し全然犯意がない。本件の黒砂糖が密輸入品であることも、又何人が密輸入したかということも知らず、従つて何人の密輸入を幇助するという考えもなかつたものである。
唯同村の郵便局長で平素懇意である相被告人中山から、偶然居村から岡山市京橋河岸迄海上約五里の間、自己所有の船長栄丸で荷物を運搬することを懇請されてこれをやつただけのことである。勿論中山から密輸の関係について何も聞いていないし、荷主とは面識もなく、何一つ話しをしたこともない。
斯様な事情であるのに密輸入を幇助したということは常識上認められぬ。
二、又被告人に密輸入を幇助する意思のなかつたことは
1 被告人が唯普通の輸送賃金四千円を得ているのみで、他に何の利益も得ず、利益を得る約束もない。その輸送賃金も普通よりは安い位で、毫も密輸入による直接、間接の利益を得る目的を以てしたものでない。このことだけによつても被告人に密輸入に協力するという意思のなかつたことが常識上判断出来る。
2 被告人の運搬に使つた船(長栄丸)は石材運搬船で船底に荷物を積む様にはなつていないものであるから、怪しい物など積めるものでない。被告人が本件の荷物が不正な黒砂糖であるとか、密輸入品であるとかの疑を持つたならば到底積むことの出来ないもので、当然中山の依頼を断つた筈である。被告人が何等の疑を持たず迷惑のかかる様なことは夢想だもしなかつたものであることは此船の構造自体からも明かに窺い知られることである。
(中略)
三、被告人は其所有船(長栄丸)を誰れにも提供したものでなく、前記の様に荷物を積ませて運搬してやつたもので、唯それだけのことである。何人が如何なる目的でやつている行為かということも知らねば、その行為を援助するという意欲もない。強いて言えば相被告人中山から運搬方を頼まれたのであるから中山を援助したことにはなるが事情は全然知らない。中山も語る必要もなく、語つたものでない。仮りに中山が事情を察知していた者で岸本等を幇助した従犯だとされても、被告人は同人等とは何等の干係も無く、従犯中山の従犯(但し犯意のない)たる位置に過ぎない。
斯様な地位にある被告人は、怪しい物を運搬したとして賍物運搬とか、或は輸入貨物を運搬したとして別個の責任を問われるならまだしも、関税法違反の従犯として処罰する理由はない。
原判決は第一審判決が被告人も亦本件密輸入の共同正犯の如く誤判していたのを、幇助犯としたので一歩よい方に近づいてはいるけれ共猶ほ依然として重大な誤判をしているものである。この為めに被告人に科した罰金の五千円は兎も角として、僅か四千円の運賃しか得ていない被告人から数十万円もする所有船長栄丸を没収し、(二)且つ一四、七六三円の追徴をも科するに至り、被告人をして真に悲痛な境涯に陥らせ、聞く者をして裁判とは善人に斯くも無情なるかを慨歎せしめている。
御庁におかれては速かに原判決を破棄是正せらるべきものと信ずる。
第二点
原判決は被告人を密輸入の幇助とし、犯罪時における関税法第七六条第一項、刑法第六二条を適用処断しているが、被告人は同条に所謂「免許ヲ受ズシテ貨物ノ……輸入ヲ為シタル者」と見るべきでなく、同法第七六条ノ二第一項に所謂「第七十六条ノ犯罪ニ係ル貨物ノ運搬……ヲ為シタル者」に該当するものと解し同法条を適用すべきものである。斯くすれば同法第八三条の没収規定適用に当つても、被告人は其の所有船舶(長栄丸)の没収を免がれることとなるのである。
蓋し唯単に貨物の運搬を為したるに過ぎない被告人の如き者を密輸入の幇助犯として右第七六条第一項、第八三条第一項前段を適用するときは「船舶の没収」という尤も実質的に重い処罰を受けるに至り、寧ろ本犯の方が実質的には軽い結果となつて刑の権衡を失するおそれが生ずる。
原判決は此の点に於て判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認か又は法令違反があつて、これを破棄されなければ著しく正義に反するものと思料する。
第三点
原判決は被告人の控訴した本件事案に対し、第一審判決よりも重い刑を科しているもので刑事訴訟法第四〇二条不利益変更禁止の規定に違反しているものである。即ち
第一審に於ては被告人に対しては長栄丸(被告人所有船)の没収は科せられていないのに原判決では被告人に対し長栄丸を没収する刑を科しているのである。
原判決は此の点につき「仮令被告人に第一審で長栄丸の没収を科していなくても他の被告人藤井、三原等にその没収の言渡があるから何等実質的な不利益を及ぼさない」としているけれ共、科刑は各個に考慮すべきものであつて、仮りに藤井、三原等の処罰が変つたときにはどうなるかということを考えれば原判決の論は不当であるし、該船は右の者等の所有・占有しているものでないから実質上没収出来ない筋合であるのに被告人は原判決によつて該船の没収を受けるに至る不利益の生ずるものである。
又原判決は「主刑に於て被告人は軽減されたから不利益変更にならない」と言つているけれ共、主刑の軽減は五千円に過ぎないのに船の没収は数十万円の損害である。これをしも不利益変更に非ずというは詭弁である。これで法の適用が正しいとされるならば、裁判は国民の常識から遊離したものとなるであろう。
原判決は此の点においても判決に影響を及ぼすべき法令の違反があつて、これを破棄されなければ著しく正義に反するものである。
第四点
原判決は関税法第八十三条第一項に依り関係犯人全員から天力丸、長栄丸の二船を没収するものとし、又没収し能はざる貨物(黒砂糖)についても関係犯人全員から追徴するものとし、被告人に対しても天力丸、長栄丸の没収と金一四、七六三円の追徴を科している。
然れ共同法条には「犯人ノ所有又ハ占有ニ係ルルノハ之ヲ没収ス」とあつて所有又は占有せる犯人に対して没収を言渡すべく、没収する能はざるときは所有又は占有していた犯人から追徴すべきものである。
被告人の如き天力丸に何等の関係のない者に迄その没収を科し、貨物(黒砂糖)に何等所有又は占有などの関係がないのに追徴を科したのは不当である。
原判決は該法条を広汎に適用して没収、追徴の効果を挙げんと所謂拡張解釈しているものであるが、刑罰法規適用についての条理に反し、常識に悖るものである。
原判決は判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり破棄されなければ著しく正義に反すると信ずる。 以 上